映画「12人の怒れる男」(監督:N・ミハルコフ)を観た感想
「少年の運命は、12人の陪審員に委ねられた」
2008年度アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの「12人の怒れる男」を紹介します。
12人の怒れる男の基本情報
監督:ニキータ・ミハルコフ
2008年 ロシア
総合評価 4.8/5
アメリカのシドニー・ルメットの「12人の怒れる男」のロシア版リメイク。元の映画とは全く違う映画になっています。
あらすじ
ロシアで元ロシア軍の軍人が殺害され、チェチェンから養子に貰われてきた十代後半の少年が容疑者として裁判にかけられる。それを審理するのは様々なところから集められた12人の陪審員。
小学校の使っていない体育館を審理する場所として集められ、審理が始まる。
印象に残ったところ
少年がロシアに貰われてくるまでの、チェチェンでの小さい子供だったころの両親との田舎での暮らしや、村の近くにいる武装勢力、紛争で両親が亡くなってから、廃墟になった市街地で犬と暮らしていると遭遇する散発的市街戦などがまず描かれていて、チェチェン紛争という国内での出来事が取り上げられています。
そして審理のシーンが始まるのですが、それぞれ自分の事で忙しかったり、民族的偏見から、どうせあの少年が犯人に決まっている、として若年層や外国人に対する怒りを表明します。
テレビ局の重役は忙しいのにこんな事に出なければいけないのは迷惑だ、と怒り、タクシー運転手は外国人が高級車に乗って道が混んで迷惑だ、と怒っている。
科学者である経営者は、自分は電子回路のいい部品を開発し、ロシア企業に使ってもらおうとしたが売れず、失望してアルコール依存になりホームレスになっていたところを、列車の中で偶然に今の妻と子供が関わったことで、その部品を日本企業に売った事により、財産を築いた事を語る。
ユダヤ系の男性は、自分の父親はナチスドイツに囚われたユダヤ人だったが、働いている先のドイツ軍高級将校の妻だった母親が父親の事を好きになり、二人でロシア側に行って、その人が産まれたが、その母親はさらに別の相手と駆け落ちしたという、あり得ないような家庭出身でした。
ロシア南部出身の医師は、野蛮なように見られる南部山岳地帯でも、養父を殺すなどは伝統的価値観に反するということで反論して、みずから子供時代に習ったナイフを使った舞踊を踊って見せます。
さまざまな陪審員たちの自分に関する語りが、ロシアの歴史や現代ロシアの解説になっていきます。
そのようなことで、事件当日の事を体育館の様々な備品を使って再現してみせます。
そうすると、当日に関する証人の証言が矛盾することが解ってきて、意見が分かれてきます。さらに凶器の大型ナイフも、検察の主張では特別な場所でしか売っていないとされていたものが、町の裏通りで普通に売られていることが解ります。
ミハルコフ監督演ずる、司会を申し出た元将校の陪審員は、再開発によるマフィアの地上げ絡みだろうから、出所させると抹殺されるので、その少年を有罪にし、ずっと刑務所にいさせることがその少年が一番長生きできる方法だろうとの考えを述べます。
そして評決をして少年は無罪になるのですが、出所したところを元将校の陪審員が出迎え、少年に「犯人の顔を憶えているか?」と尋ねると、少年は「一生忘れない」と答えるという、何らかの報復をうかがわせるラストになります。
単に裁判所の中で正しい評決をすればいいというルメット版の米国のオリジナルとの一番の違いはそこでしょう。
法や正義が機能しない中でも、自分の出来る範囲のことなら何かをしようというのは、貧しい国には多いのでしょうか。
少しの表現の仕方にこだわって、お互いを叩き合っている欧米のリベラルとは大きな違いです。
それなりに豊かで、司法が機能している米国と違い、ソ連崩壊後、資本主義になり、さまざまなものが民営化されたのちに、経済が一度破綻し、さまざまなものを新興財閥やマフィアが買い集めて、経済力や法を超えた影響力、実行力もあるというロシアでの裁判や審理の大変さがよく解ります。
ルメット版を見たときにミハルコフ監督は「じゃあ黒人は、ちゃんと米国の裁判で扱われているのか?」と思ったのかもしれません。
ミハルコフ監督はプーチン支持らしいですが、ソ連崩壊後の社会、経済的な混乱期と比べると、少々荒っぽくても、それなりの秩序を維持していることを評価しているのでしょう。
こんな人におすすめ
ロシアはソ連崩壊後に、新興財閥が様ざまな国有の資産を手に入れましたが、無名だったプーチンが如何にしてそれらを手なづけて、制御し、国家を運営しているのかは、様々なものが民営化された国の今後の参考になるのかもしれません。歴史やロシア、東欧に関心がある人には興味深い内容だと思います。
出演するロシアの俳優の人たちは知らない人ばかりでしたが、抑制された演技や表現で魅力的だったので、演技について関心がある人にもお勧めです。
劇中に陪審員たちがさまざまな人生経験を語りますが、物の見方というものは、変わるときは簡単に、大幅に変わるのでしょう。日本でも自衛隊に関する見方が短期間に大幅に変わったことは記憶に新しいですよね。
「イースタン・プロミス」(監督:デビッド・クローネンバーグ)が気に入った人には合うと思います。社会的な法や正義が通じない時、あなたならどうするかを考えさせる映画です。